島をひっぱりっこ

    安良里、 鈴木 三和子

西伊豆町田子の遥か沖合いに、小島が二つ並んで見える。
これが田子島である。わたしたちの村には、この島にまつわ
る話が伝えられている。
この島の高い方を男島、低い方を女島と呼んでいる。この
島は昔から伊勢えびの繁殖の所として知られ、男島には雄え
び、女島には雌えびが沢山棲んでいる。この女島は大昔、現
在の所より四キロも北の水尻(安良里)の沖にあったと言わ
れている。島の中は大きな洞穴となっていて、人間ひとりが
ようやく通れる程の穴があり、中には色のついた小石が、敷
きつめられたように並べられ、島のあちこちの小穴から洩れ
る光が、不思議な縞模様を作って、まるで龍宮城にいるよう
な錯覚を起すという。そしてこの洞穴に足を入れると、沢山
の伊勢えびが小人の人魚のように、足許にたわむれるという。
だからこの島は昔から安良里と田子の争いのもととなってい
たという。田子の漁師達は女島は男島と夫婦だから田子のも
のだといい、安良里の漁師たちは、この島は安良里の沖にあ
るから安良里のものだと言い張って、常に争いが絶えなかったと。
 昔・昔、何千年も昔の話です。ある日安良里と田子の漁師
たちがこの島に集って相談したが、なかなか決らず、とうと
う談判も決裂し、田子衆は大声をあげて 「安良里どうこう。」
とどなるし、安良里衆は 「田子犬やあい、田子かったい。」
と、互いに罵り合う騒ぎとなった。そこで安良里衆の代表和吉さんが
 「どうじゃろう。田子ん衆。これでは話が決らない。ひとつ
この島を引っ張りっこして、勝った方がこの島を取ることにしたらどうじゃろう。」
と言った。この時田子ん衆から船頭の吾平さんが出て言った。
 「そうじゃ。そうじゃ。和吉さんの言うようにして決めることにするべえ。」
と言うと、みんなもそれがよいと言うことで、話は決った.
そしてある静かな秋の日、漁師達はこの女島に太い荒縄をか
けて、両方から屈強の若者が八丁櫓の舟に乗り込み、島に立
てた大漁旗を合図に 「ソレ引け、ヤレ引け。」
と力いっぱい引き合ったが、島は少しも動かなかった。
そのうちお日さんは高く上がり、今の十時頃になった。田子ん衆
の作平どんが昼飯の支度にとりかかった。米をといでとぎ汁
を海に流した。すると、とぎ汁が急に浦(北)の方へ流れ出
した。これを見た作平どんがとんきょうな声を張り上げて叫んだ。
「田子ん衆、今島が動いたぞう。」
この声を聞いた田子ん衆は急に元気を出し、力いっぱい漕ぎ
出した。すると、今流したとぎ汁が、帯のように浦へ浦へと
潮に乗って、一層早く流れ出した。これを見た田子の漁師達は、
「若衆、今だ今だ。」
と大声で励ましたので、田子ん衆の力が強く、島はだんだん
沖の方へ引っ張られてゆき、遂に女島は今の男島の近くへ引
っ張られて行ったとさ。田子ん衆は
「勝った、勝った。田子が勝った。」
と皆ふなべりを叩いて喜んだという。
 この時から安良里と田子の争いはなくなって、平和な里に
なったという。
  田子の田子島 安良里でしょぶく
     しょぶく安良里は無理なとこ
  田子の田子島 男島に女島
     中はがらんで えびが棲む
いつの頃からか、こんな里うたが歌われ、今に伝えている。


昭和54年賀茂村文化協会発行 文芸かも より

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