ホントであろうか、ご神体が変わった


安良里地区浦上 藤井 徳太郎

 弁才天は略して弁天という。音楽の神で弁舌才知を与える
ので妙音天、美音天といい、財宝利得をもたらすので弁財の字を当ている。
女神で自蛇を飾った宝冠をいただき、一面八臂の像では宝珠と剣や弓矢などを持っており、
一面二臂の像では左膝を立てて琵琶を弾じている。
もとはインドの河の神で、水神、農業神として池や河の辺とりや
島に祀られるようになった。蛇を使者としているともいわれ、
又福神として七福神の一つとされていると大辞典に書いてある。
安良里港口弁峻漁に鎮座せる弁天社は祭神は弁財天、無格社、
建設の年月日は不詳、正徳四年(二三七六)宝暦二年(二四
一二)弘化二年(二五〇四)明治二年(二五二九)昭和四年
(二五八九)の棟札があると昭和十二年編纂の「安良里村勢
一班」に記述されている。
時は明治の中頃か、またはもっと下った頃だろうか。ある日
一人の人品賤しからざる人物が安良里の浜方(この場合は漁
協の前身) に釆訪した。「貴港の弁天さまのご神体は全国に
もまれの珍らしく数少ない逸品で、高名の方の作であると、
ある書物にのっている。真偽の程を是非調査し鑑定をさせて
もらいたい。」とのたっての要望の話である。
顔役衆は協議のすえ話の要求に応じた。
以下十年前の昭和五十三年十一月編の、本誌第七集にの
っている神田の矢崎信夫先生の投稿文を、そのまま引用する。
...この弁天さまはふだん亭主が余り働らかないというこ
とで夫婦の仲が大変悪かった、なお弁天さまは七福神の中で
も紅一点の女神で美人でもあったし、もっと立派な亭主が持
てたのにという自負もあったかも知れない。ところがある年
の暮、お互の一年間の稼ぎ高を勘定したところ、と亭主の方
が三両はど多かったということであった。
ふだんはずつなしのように見えてもやはり仕事のことにかけ
てはさすが男だけのことはあると、弁天さまは亭主を見直す
ようになり、それからは夫婦仲良く暮すようになったという。
この時この弁天さまは嬉しさの余りど亭主を頭上高く差し上
げて、以後仲睦つまじく暮すことを誓ったということで、そ
の時の姿をそのまま刻んだ像が今に伝えられている宇久須の
弁天さまのど本尊だということである。」祖母は安良里
の弁天さまのど神体について全く同じことを私に話した。
これから想像するに両部落の弁天さまのご神体の像は同じ様
な容姿と思える、祖母の話はつづく。
調査鑑定の要望に応じて差し出したご神体は三ケ月が過ぎ、
六ケ月が過ぎ、一年を経たが返送がなされない。漁師衆は船
の人出港時に排するご神体長期不在の弁天さまに危惧の念を
いだき始め、この声がだんだん大きくなった。事態が気がか
りとなって来た。こうしてはいられないと浜方の親方衆は通
信事情思うにまかせない時代であったが、手段をつくして返
還を迫った結果、送り返して来たど神体を見てびっくり驚天
した。これは違う、これじゃない、とんだことが起きたと、
青くなった。怨嗟の声が村を包んだ。
                     
時の顔役であり鰹漁船の船主でもあり口利きの鈴木治郎兵衛
 (ペンキ、故人)さん、長島伊八(伊八屋、故人)さん等が
先達になって交通事情全く不便な時代二日も三日もかけて東
京迄出向き不信感を並べ、難詰し本来のご神体の返還を迫っ
たが言を左右にし、言葉を濁し、ある時は身体をいづれかに
隠し、逢うことも出来ず憤然として帰ってきたと。
上京数回に亘ったがラチはあかず、時は流れた。浜方では止
むなく送られて来た新しくなったご神体を弁天島に鎮座し、
魂入れの儀を行った。
怨嗟の声もだんだんと静まっていつの間にか話題から速くな
り消えて行った。
またある一 二の人は、ご神体はある時期に修理塗り替えの
ときすり替えられたものだとの話を聞いた記憶があると話された。
現在のご神体の容姿について数名の方の話を総合すると、何
か盥のような物を女神が捧げその中に横になった像があるよ
うに想像出釆る。そうであると宇久須の弁天さまと同様の、
男性を頭上に高く捧げている容姿だといった祖母の話から受
けたイメージと大きく異なり、ご神体は変ったというところ
につき当る。それとも私が幼少時に聞いたこの話は一時期に
起きた出来事であり、その後本来のご神体が戻されたのが現
在のご神体であろうか。
時を得て安良里の本来の弁天さまと、何かつながりがあり容
姿が同様と思われる。「菅原寺行基菩薩所彫刻之尊像矣」の
願文札があり行基菩薩の彫刻したものと想像出来ると矢崎
先生の書かれている、宇久須の弁天さまのど神体を拝したい。
漁民の信仰の厚い弁天さま対するご無礼を伏してお許を
願い、祖母の話を記憶のまま書いた。
来年の昭和六十四年は御開帳の年に当る。

昭和63年発行文芸かも より
発行 賀茂村文化協会

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