民話 屋根に登った赤牛

むかし、宇久須のある農家で、大きな赤牛を 飼っていました。家のものたちは、赤牛を
たいへんかわいがり、わが子のように、だい じに育てていました。この里では、生きた動物を災難で殺すと、 子孫に七代もの長い間、たたりがあるといっ て、どんな時でも、まず生きものを助けるの が、ならわしとなっていまLた。 そんなある年、大きな津波が、この里をお
そいました。農家の主人は、じぶんが逃げる まえに、まず牛を助けようと、牛小屋の入ロ
をあけてやり、  「大きな津波が釆たらしいぞ。どうか、おま  えも山へでも逃げて、助かっておくれ−」  と、言いきかせて、じぶんたち家族は、いの ちからがら、山の方ヘ逃げたのでした。  おそろしい津波は、家の人たちが、ようやく山へ たどりつくころには、浜辺の家々をのみこん で、山の、ふもとまで、おしよせてきました。 津波のために、里のほとんどの家は、水につ かり、浜辺の家は、みなさらわれてLまいま した。津波が引いたあと、家に帰ってみると、 どうにか家だけは残っていたのですが、家財道具は、みな流されて、
からになった家だけが、ぽつんと建っていました。 そこで、主人が心配になったのは、
赤牛のことでした。(どうか、助かっていてくれればよいが。) と思いながら、牛小屋のところに きてみました。 だが、そこには、牛もい なければ、牛小屋までもなく、津波に流され
ていました。主人は神にも祈るような気持ちで、 「ああ、かわいそうなことをしてしまった…。
 赤牛も波にさらわれてしまったのか。運よ  く、山へでも逃げていてくれればよいがな
 あ。」と、つぶやくのでした。  そのとき、とつぜん、空のどこからか牛の なき声が、「モーモーン」 と、きこえてきま した。(主人はへんだなあ。) と思いながら、 空を、ふりあおいで見ました。でも、空のどこ にも牛らしいものは見あたりません。おかし なこともあるものだと、主人は、母屋の屋根 を裏にまわって見上げました。すると、赤牛 は、どうしたわけか、母屋の屋根の上に、どっ かとすわって、屋根の麦わらをもぐもぐかん でいました。 赤牛は、主人に山に逃げるように、いわれ たのだが、小屋にいる間に、津波にあってし まいました。津波で浮き上がった牛は、母屋 の屋根にのぼり、どっしりとすわり、じぶん の体の重みで、家を守っていたのでした。